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福岡高等裁判所 昭和41年(行ス)3号 決定

抗告人(被申立人) 中間市議会

相手方(申立人) 岡部忠治

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。

当審における審理の結果、当裁判所も相手方の本件執行停止の申請はこれを認容すべきものと判断するのであつて、その理由は、左記補足のほか原決定の理由説示と同じであるから、これを引用する(ただし、原決定五枚目裏末行に「専ら」とあるのを「主として」と訂正する。)。

議会に議員に対する懲罰権を与えた目的は、主として議場における言論を公正かつ秩序あらしめ、議事の円滑なる運営を期せしめることにある。したがつて、議員の非行がその職務外のものである場合はもちろん、かりに職務に関連する非行である場合においても、それが直接議会の運営または議場の秩序に関係するものでない限り、それは選挙民たる住民の心に委ぬべきことであり、直ちに議会が懲罰をもつて臨むことは許されないものと解すべきである。もつとも議会の懲罰権は、単に開期中における議会の運営ないしは議場の秩序維持のみのためばかりでなくて、議会の品位と権威を維持するためにも認められたものと解すべきであるから、議員の議場外における行為であつても、それが議会自体を誹謗し、その名誉を傷つけ、あるいは議会の開会を阻止し、これを流会に至らしめるがごとき議会の運営に関するものである場合には、懲罰の対象になるものと解すべきである。しかし、抗告人が相手方に対する本件懲罰事由として主張するところは、以上いずれの観点から見ても地方自治法第一三四条第一項所定の懲罰事由に該当するものとは認めがたい。

抗告人は、相手方が昭和四〇年一二月一六日の中間市行政調査特別委員会において議会公費の支出内容についての釈明を求められたさい、その支出負担行為の内容、正当債権者の氏名を明らかにすることを拒否したが、これは議会の委員会における審議の円満なる運営を妨害し、議会を侮辱する行為に該当し、かつまた議会の品位と権威を傷つけるものとして、地方自治法第一三二条、第一三四条所定の懲罰事由に該当する旨主張する。しかし、本件疏明資料によれば、相手方は地方自治法第一〇〇条の規定に基づく関係人として証言を求められたものであることが疏明されるのであるが、同条の関係人としての発言は、議会の構成員たる議員の発言とは解しがたいから、これをもつて地方自治法の定める議員としての全体奉仕義務違背とは断じがたい。また、本件全疏明について見ても、前記委員会における相手方の発言中、無礼の言葉を使用し、または他人の私生活にわたる言論を弄するなど、同法第一三二条の規定に違背するかどがあつたものとも認めがたい。したがつて、相手方の本件執行停止の申請を認容した原決定は正当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第八九条、第九五条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 入江啓七郎 佐竹新也 安部剛)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

申立人の申立を却下する。

理由

一 抗告人の事実上の主張および法律上の主張は、三、記載のほか原決定事実摘示のとおりである。

二 しかるに原決定は、懲罰事由に該当する事実の認定を誤り、かつ懲罰事由に関する法律の解釈を誤つた違法があるので、本件抗告に及ぶ。

三 除名処分に該当する事由につき次のとおり付加する。

(一) 抗告人が相手方を除名処分に付したのは、相手方が議長たる地位にあるとき、議会公費を支出するにつき、その支出内容を不明にし、地方自治法第二三二条の三、同条の五に違反する違法行為をなしたことおよびその支出内容を市行政調査特別委員会において明らかにするよう求められた際、その内容を明確にすることを拒否し、議会公費の支出について正当な理由に基づいていない疑惑を生ぜしめる発言および態度を示し、もつて議長の職務に違反し、かつ議会を侮辱し、議会の品位を傷つける行為をした事実に基づくものである。

地方自治法第一〇四条所定のごとく、議長は、議会の事務を統理する権限すなわち議会の運営に伴う事務を統理する権限を有している。しかして、議会公費を支出する行為は、議会の運営に伴う事務を統理し、議会を代表して行う行為であることは疑いない。

ところで、同法第二三二条の三に明らかなように普通地方公共団体は、その支出につき、支出負担行為を明確にしたうえでなされねばならず、同法第二三二条の五で明定するように、支出の方法として資金前渡の方法をとることが許されているものの、その支出は債権者のため(正当債権者)になされねばならない。

ところで、中間市においては、議長公費のうち議長交際費、食糧費については、資金前渡の方法をもつて支払をなすことが許され、資金前渡をうけた者は、交付を受けた経費の目的に従つて支出負担行為を明確にしたうえで、正当債権者に対して現金をもつて支払う義務を負担する。

すでに意見書をもつて陳述したごとく、相手方は昭和三八年度より昭和四〇年度までの議会公費の支出につき何ら支出負担行為を明確にすることなく、かつまた正当債権者への支払の事実をもあいまいにした議会公費の支出をなしていた。

相手方が議長として議会公費(交際費)を支出する行為は、議会の運営に伴う事務遂行の行為であり、議会の開会、閉会とは関係のないことである。

従つて、議会の代表者として相手方のなす議会公費の支出は、議会の運営に伴う事務遂行として財務原則にのつとり適法になされねばならないのであるから、相手方が、その支出につき法第二三二条の三、同条の五に違反し、支出負担行為を明確にせず、かつ正当債権者をあいまいにした行為は、違法なものといわざるをえない。

よつて、相手方の右違法な行為は、法第一三四条所定の懲罰事由に該当するものといわざるをえない。

更に、右違法行為につき、相手方は、市行政調査特別委員会において、昭和四〇年一二月一六日その内容の釈明を求められるや支出負担行為の内容、正当債権者の氏名を明らかにすることを拒否し、自己の違法行為について何らの反省を示す態度をみせなかつた。

かかる相手方の行為は、議会の委員会における審議の円満なる運営を妨害し、議会を侮辱する行為に該当し、かつまた議会の品位および権威を傷つけるものとし、法第一三四条、第一三二条所定の懲罰事由に該当するものである。

かように、相手方の行為は、議会議長が議会公費を自己のために費消している疑をもたれる行為をなし、その釈明を特別委員会において求められるや、これを拒否し、誠意ある言動を示さなかつたものであり、議会公費の支出行為は、議会活動であり、特別委員会における発言は、議会内の行為であるから、相手方の行為は場所的にも事項的にもまさに懲罰事由の範囲内にあるものである。

原審決定の主文および理由

主文

被申立人が昭和四一年五月九日なした申立人を除名する旨の議決の効力を、当裁判所昭和四一年(行ウ)第二四号行政処分取消等請求事件の本案判決が確定するまで停止する。

理由

一、申立人は主文同旨の決定を求め、その理由としてつぎのように述べた。

(一) 申立人は昭和三八年四月三〇日より同四二年四月二九日までの任期を有する被申立人議会の議員であつたところ、被申立人は、同四一年五月九日、申立人を除名する旨の決議をなし、同月一三日に申立人にその旨通知した。しかして、右除名処分の理由は明らかでないが、本件懲罰動議の提出理由は申立人が、(イ)市議会に正当の理由なく欠席し(ロ)申立外会社金丸鉱業株式会社の鉱害復旧問題につき訴訟を提起するような状態をかもし出したことにより被申立人議会の品位と権威を著しく失墜させ、また市議会を侮辱し、(ハ)住民三〇〇〇数百名による当時議長であつた申立人の議員解任に関する請願があつてこれが議会において採決され請願審査特別委員会が設置されたとき議長を辞任する旨約して念書を提出しておきながら辞任しなかつたので、右(イ)の行為は地方自治法一二九条に、右(ロ)の行為は同法一三二条に、右(ハ)の行為は同法一三三条に、それぞれ違反するというのである。

右事由が本件除名理由とすれば、右(イ)の点については、当時申立人は病気であつたので、欠席につき正当な理由があり、右(ロ)の点については、そのような事実は全くなく、仮にあつたとしても右行為は議会外の行為であるのみならず、その行為により市議会の品位と権威を著しく失墜させまた市議会を侮辱して市議会の正常の運営を妨げてはいないので、懲罰事由となりえない。右(ハ)の点については議長辞任の念書を入れた事実はなく、仮にあるとしても、これに反して辞任しないということは懲罰事由になりえない。

(二) 被申立人は、昭和四一年二月二八日第一回定例市議会第一回本会議において前記申立人除名にかかる懲罰動議を可決して懲罰特別委員会を設置しこれに付託しておきながら、前記除名の決議があるまで二回に亘る本会議の継続審議をしている。これは会期不継続の原則を定める地方自治法一一九条に違反する。

(三) 仮に前記(一)記載の(イ)ないし(ロ)の事実があつたとしても、被申立人がこれらの事実を事由として申立人を議員の政治生命を奪うが如き重大な除名処分に処したことは、議会の自由裁量の限界を逸脱し懲罰の種類の選択を誤つたものである。

(四) 仮に前記(一)記載の(イ)ないし(ロ)の事実があつたとしても、それら各行為は懲罰動議が提出された昭和四一年二月二八日より三日前から同月二八日までの間になされた行為ではないので、中間市議会会議規則一〇三条二項に違反する。

(五) 前記申立人除名に関しては、懲罰委員会の委員長から議長に対し報告書を提出していないので右会議規則七三条に違反し、また懲罰事犯と懲罰事由は市議会における同委員長報告中にも申立人に対する懲罰処分通知にも示されていないのでこの点の同規則違反もある。

(六) 以上の理由により被申立人の申立人に対する前記除名処分は無効または取消さるべき処分である。

而して、申立人は昭和四一年五月二八日福岡県知事に対して右処分取消の審決の申請をなしたが、同日より三ケ月余を経過した今日もその裁決がないので、同年一一月八日当裁判所に別途右処分取消の訴を提起した。

申立人は前記除名処分により、議員歳費等の支給を受けられないばかりか、多数有権者により選ばれて住民の代表者として市政全般の審議に当る職責を負うのに、目下のところこの職責を果すことができず、将来申立人勝訴の判決を受けても、右除名処分の執行により回復困難な損害を蒙り、これを避けるべき緊急の必要があるので、本申立に至つた。

また、被申立人主張にかかる議会公費支出に関する点については、申立人は法令および中間市の慣例に従い中間市長ないしその受任者たる同市議会事務局長の指示の範囲内においてなした処置であるので、これをもつて、本件懲罰事由とはなし難い。

二、被申立人はつぎのように意見を述べた。

(一) 申立棄却の決定を求める。

(二) 申立理由(一)記載事実中、申立人がその主張どおり中間市議会議員であつたこと、および被申立人が申立人の主張の日に同人を除名する旨の決議をなし同人に対しその旨通知したことは認める。

(三) 右除名の事由は、つぎのとおりである。(イ)申立人が議会議長として昭和三八、三九および四〇年度に支出した議会公費たる交際費の支出内容が不明である。昭和三八年度分の約金七一万七、九七六円については申立人を受領者とする領収書が存するのみで、債権者を知りうる書面がない。昭和三九年度分総額金六八万九、〇六五円および同四〇年度分総額金一七万三、四六〇円につき交際費支出精算書に件名と金額が記載されているのみでその支出の目的、支出先等全く不明である。以上の申立人の処置は地方自治法二三二条の五、一二九条に違反する。(ロ)申立人は、鉱害復旧組合の顧問であるところ、中間市をして金丸鉱業鉱害復旧工事を右組合に請負わせた。申立人のこの行為は地方自治法二三四条一項に違反し、また中間市の執行権に介入する違法の点がある。さらに、中間市は右金丸鉱業の鉱害につき国から補助金一、〇三五万八、〇〇〇円の交付を受けたが、そのうちに中間市の公共物件の被害に対する補償金一七〇万円が含まれていたのに、申立人は前記組合をして中間市に対し右金一七〇万円が前記組合に帰属するとして訴訟を提起させた。この申立人の行為は議会の品位を汚したものであるので地方自治法一三二条に違反する。以上の理由により除名した。

(四) 申立の理由(二)の主張の事実は地方自治法一〇九条五項および一一〇条三項により適法である。

(五) 同(三)の主張は、前記(三)(イ)および(ロ)記載の事犯の内容より見て理由がない。

(六) 同(四)の主張は、前記会議規則一〇三条三項所定の三日の期間の起算日は懲罰事犯が判明確認された日であると解すべきであるので、理由がない。

(七) 同(五)の主張は、被申立人は右会議規則七三条所定の手続を経ているが、仮に経ていないとしてもそれは除名決議の効力に影響しないので、理由がない。

三、証拠として、申立人は疎甲第一ないし一五号証(五号証には一および二がある)を提出し、被申立人は疎乙第一ないし一四号証を提出した。

四、よつて按ずるに、本件疎明資料によれば、申立人はその主張のとおり中間市議会の議員であつたところ、被申立人が申立人に対し、申立人主張の日に、除名処分をしたことが認められ、申立人が右処分を不服として、当庁に右除名処分取消の訴を提起し、該事件が当庁に係属中であることは、当裁判所に顕著なところである。

然るところ、議員にとつて選挙民より託された議決権を行使して市政に参与するは重大な使命であり、これが使命の遂行如何が議員その人に対する選挙民の政治的評価に重大な影響をもち、右評価により議員としての政治生命が左右されることは明らかであること、および議員の任期が四年であること等の議員としての一般的事情の外に、本件においては疎明資料により認められる本年一二月中旬頃には定例議会が開催される予定であることを併せ考えるとき、申立人が前記除名処分により議員としての地位を喪失するときは、申立人にとり回復困難な損害を生ずるおそれがありかつその損害を避けるため緊急の必要があるものと一応認められる。さらに、前記除名処分は、本件全疎明資料によつても、いかなる懲罰事由によるものであるか必ずしも判然としないばかりでなく、地方自治法所定の議員の懲罰の制度は専ら議会の秩序維持を目的とするので、懲罰の事由は議会内の行為または少なくとも議会外の行為であつても議会の運営に密接に関連する行為でなければならず、その他の行為は住民の政治批判ないしは刑事責任の追及に待たなければならないと解すべきところ、被申立人陳述にかかる前記二、(三)の(イ)および(ロ)の各懲罰事実は、議員に対する懲罰事由の範囲外にあるとの疑いを残すものであり、また申立人が本件懲罰動議の提出理由として、指摘する前記一、(一)の(イ)の事由については疎甲第一三号証により、申立人の議会欠席につき正当な事由があつたことが一応認められ、同(ハ)の事由については、本件全疎明資料によつてもこれを認めるに足りないばかりでなく、これが何故に同法一三三条に違反するかも判然としない。これらの事情および当事者の意見および本件疎明資料に徴して考えるとき、本件本案についてその理由がないとはみえず、また本件執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとも断じがたい。よつて、申立人の本件申立を理由があると認めて、主文のとおり決定する。

(昭和四一年一二月一四日福岡地方裁判所決定)

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